むかしむかしのそのまたむかし
跋
「長殿」
日生に気付いた男の人が声をかけました。
この土地に人が集まるうちに、あれよあれよと日生はこの地の長にされてしまったのでした。
男の人は、日生が村の周りの様子を見に出掛けたのを知っていたので、労いの言葉をかけました。
その後で、しかし…、と言葉を続けました。
「俺達他の人間にも、その仕事をまわしてくれたらいいのに」
「俺は、これぐらいしか出来ないから…」
「何言ってるんですか!俺達を受け入れて下さっただけで充分ですよ。もっと、どーんと構えて下さい。どーん、と!!」
男の人がどーん、と日生の肩を叩くので、少しむせてしまいました。
「それに、長殿が危ない目に遭ってやしないかと、お刀自(トジ)様がいつも心配されてますよ」
軽く日生の肩に手を置いて、男の人は持ち場へと戻って行きました。
「刀自」とは他人の妻である人のことを指す言葉です。
と、いうことはつまり…
日生は口を大きく開けて呆然と立ち尽くしました。
「まぁ、説明も何もしなければ、そう捉えられてしまいますよね」
いつの間にか横に立っていた加夜古に驚いて、日生は思わず後ずさってしまいました。
一緒にいるようになって数ヶ月が経ち、日生も背が伸びて少年から男の人へと近付いてきました。
時折、声が出しづらいのか、咳払いをすることありました。もう間もなく、低い声を出すようになるのでしょう。
ですが、こうやって時折見せる表情にはまだあどけなさが残っていました。
そう思った加夜古が、くすり、と笑いました。
日生はそんな加夜古の仕草を見て、こっそり深呼吸をしました。
「加夜古がいいなら、そうなってもいいと思ってる」
今度は加夜古が、目をぱちくりさせて日生を見詰めました。
――あぁ、前にもこんな顔をされた気がする…
すると、みるみる内に顔が真っ赤になり、
遂には両目から大粒の涙が溢れてしまいました。
「えぇーーーーーーーーーっ!?」
「あー、長さまが加夜古おねえさん泣かしたー」
「いけないんだー」
日生は子供達に指を指されてしまいました。
わたわたしながら、なんとか泣き止んでもらおうとすると、加夜古が少し背を伸ばして、日生の首に両腕をまわしました。
「ありがとう」
次の瞬間、足の力が抜けてしまった日生が、加夜古を抱えたまま尻餅をついてしまいました。
それに気付いた大人達や子供達は、驚き、少し間を置いて、盛大に笑い出しました。
晴海と美苑を抱いて連れて来た豊成も、その現場を目撃してしまいました。
当の本人達も、なんだか可笑しくなって、一緒に声を出して笑い合いました。
(2011.12.11)