四、
「楽しい人達やろ？」やっくんが小しのへと声をかけた。
小しのは振り返りつつ、少年の着ているものに注目する。
松重の水干に襟紐を垂頸に結び、指貫の地文は鳥襷――
貴族の少年であるには違いないが、嫌味の無い、人好きのする顔立ちをしている。
「この邸に来るとなぁ、こちらまで楽しくなるのや」
小しのの視線に嫌な顔一つせず、やっくんが言葉を続けた。
少年とは云え、貴族であれば色々と望み通りにいかないこともあるのだろうか。
どうにか場を持たせようと、小しのが会話を捻り出す。
「えっと、あんた…」
「やっくんですぅ☆」
間髪入れずにこの切り替えしをするあたり、やはり只者ではない。
だが、ここで食い下がってしまうのが小しのであった。
「それは渾名…」
「聞かへん方がええのんと違います？」
「は？」
「腰が抜けても知らしまへんえ？」
今度こそ、本当に、引いた。
笑顔の下に「それ以上は聞くな」という無言の圧力を感じる。
ここは大人しく話題を変えることにした。
「…やっくんは、よくこの邸に来るのか？」
「明姫の友人として、な。妻問いに来てるのんと違うし、気ィ遣わんとってやぁ」
「んなっ！ 妻問いって…！！」
思わず頬を赤らめた小しのの様子を見て、やっくんが悟った。
「あぁ、あんたはん、男勝りと違うて男（おのこ）そのものやったんやんなぁ」
その言葉に、思わず息をするのも忘れた。
あの童女といい、目の前の少年といい、一体何者であるのか。
その上、
「気ィ抜いたらあかんえ？」
変わらずのんびりとした口調に笑みを浮かべ小しのを諭す。
「あんた等といると調子が狂う」
これが素直な今の気持ちである。ついでに溜息までもれた。
幼い頃はいたずらもするし、体中泥だらけにしては母親に怒られるような腕白であった。
しかし、女子の姿をとるようになってからは、立居振る舞いにも気を遣わなければならず、あまり腕白はしないようになった。
近頃は変声も始まろうとしている為、声を出す機会もめっきり減った。
息が切れるまで走ることも、大声を出すことも、地声で話すことも、どれも本当に久しぶりである。
「なんや、もう仲良しさんにならはって」
衣擦れの音と共に、童女がのんびりと声をかける。
「どうしたらそう見えるんだ」
やっくんはにこにこ笑っているが、こちらは穏やかではいられないというのに。
童女へと向き直り、小しのは目を見張った。
「…本当に『姫』なんだな」
つややかな黒髪を下ろし、小袿は卯の花の重ね、五つ衣には躑躅の色目を着こみ、濃色の長袴を履いた姿は誰が見ても貴族の姫君である。
やっくんや紫が、しきりに明姫、姫様、と呼んでいたので、そうなのだろうと思ってはいたが、実際に目の当りにすると話が違ってくる。
幼い姫君がくるりと大きな目を向けて、首を傾げる。
「そぉやなぁ。水干の方が動き易ぅてなぁ」
そう言いながら、袖をばさばさと振って見せる。
外見は変わって見えても、間違いなく中身はあの童女だ。
そんな二人の様子に、やっくんがぽつりと楽しそうにこぼした。
「女姿（おなごなり）の男と、男姿（おのこなり）の女（おなご）やなんて、をかしな組み合わせやねぇ」
童女の顔が引き攣った。
「え、何、もうバレたん？」
「俺ってそんなに分かり易いか？」
「いやぁ、やっくんが鋭いんや…」
やはり、やっくんは只者ではなかった。