五、

童女が、小しのの肩にそっと触れた。

「あんたはん、引き寄せ易いんやな。もうちっと気ぃ付けや」

その言葉とともに、童女の手にあった人形が燃えてしまう。
小しのでも、人形が何の為に使用されるのかは知っていた。

「あんたは、巫女か何かなのか?」

今はきっと、自分の厄を人形に依せて祓ってくれたのであろう。
しかし、この様なことをやってのける者を、巫女以外には思い当たらない。

「んー、巫女ちゃんとは違うかなぁ」
「は?」

拍子の抜けた返答に、小しのの力も抜けた。

(だとしたら、一体何者なんだ…)

「一条の橋姫」

扇をもてあそんでいるやっくんが声を発した。

「て、都衆(みやこし)に訊いたら、みんな話してくれますえ」
「はぁ…」

やっくんなりに教えてくれたつもりなのだろうが、どうも要領を得ない。

「あん橋なぁ、『あっち』と『こっち』の境が曖昧やってん、うちが橋守してますのや」

次は童女が口を開いた。
戻橋の橋守をしているから「一条の橋姫」。
なるほど、と納得する前に聞き捨てならない言葉があった。
小しのがおそるおそる訊ねる。引き攣った笑みになっているのが自分でもわかった。

「あの、さ『あっち』って…」

「橋姫」はにっこりと微笑を返すだけである。
そういった類のものとやりとりしないとならない為、巫女ではないがそれに近い能力を持っている。
そう、無理矢理納得した。

「あんたはん、ええと…」

童女が小しのの顔を見つめる。

「あ、小しの」
「それは女子としての名ぁですやろ? 親御はんにはなんて呼ばれてはるの?」

少しためらったが、応えることにした。

「颯太」
「そうた」

うれしそうに童女が名を繰り返す。

「涼やかな名前やねぇ」
「どうも」

ここでも童女の勢いに圧倒されるばかりだ。
やっくんはやっくんで、楽しそうに笑っているだけである。

「なぁ、京で辻斬りが横行してるの知ったはる?」

これまでののんびりとした空気とは打って変わって、真剣な顔で童女が語りかけた。

「“辻斬りが起こる度に、いつも同じ顔を見る”て、話を聞いたのやけど、颯太と何か関係ありますの? 『あのお姉はん』以外の何から逃げてはったん?」

姫の言葉を聞くや否や、小しのは袖に仕込んだ短刀に手を伸ばした。
傷付ける気はないが、刃を見て怯んだ隙にこの場から去りたい。

そっと、右手に固い物が当たった。やっくんの蝙蝠扇だ。
振り払おうと思えば出来るのだろうが、それを許さない空気を感じた。

「嘘の吐けないお人やな。明姫かて、あんたはんが辻斬りや言うてるわけやおへん」

やっくんは小しのの手から扇を離し、ふたたび己の膝の上でもてあそび始める。

「そうやなぁ。犯人を捕まえようとでもしとるんかいなぁ?」
「違う」

間髪入れずに小しのが口を挟む。しかし、それ以上は語ろうとはしなかった。

「理由は話したくないんやね」

やっくんも目を細め、それ以上は追及しようとしない。

「男はんは、すぅぐ危ないことをしたがはるなぁ」

それまで黙っていた姫が口を開いた。