むかしむかしのそのまたむかし

少年は森歩きには慣れているつもりでした。

が、それは大人達が歩き易いよう草を踏みしめてくれたり、重い荷物を持ってくれていたからであると早々に認めざるを得ませんでした。
背中には小さな弟、食料を入れた袋を抱え、着慣れない甲冑と護身用の剣が、一歩踏み出すたびにどんどん重く、煩わしく感じます。
しかし、歩みは止めず、前へ前へと進みました。

生まれ育った屋形へ帰る気はありませんでした。
何も知らない無垢な弟を戦禍に巻き込みたくはありませんでした。

目的地がある訳でもなく、ただひたすら、前へ、前へ。

少年の弟は、生まれた時から声が出せません。
こちらの声は聞こえているようでした。
こちらの動きも見えているようでした。
健康そのものであるようなのですが、声だけは出せませんでした。

声を出せる赤ちゃんであれば、泣き声を合図にお乳を与えたり、おしめを変えたり出来ます。
ですが、この子にはそれが出来ないので、時間を見計らってお乳を与えなければ餓死してしまいます。

ふと、少年が空腹感を覚えたとき、負ぶっている弟のことを思い出して、背筋が冷たくなりました。

  ――自分がこんなに腹が減っているのなら、赤ん坊である弟は…?

この時になって、ようやく自分が浅はかであったことに思い至りました。

袋の中には、歯も生えていない赤ん坊には食べられそうにないものばかり。
当然、二人だけで飛び出してきたので、乳母も誰もいません。
辺りを見回しても、あるのは木や背の高い草ばかり…

弟を抱えなおして顔を覗くと、声にならない声で、顔をくしゃくしゃにして泣いていました。

ただの子供である自分に、一体何が出来るというのでしょう。

少年は、膝から力が抜けていくのを感じました。