むかしむかしのそのまたむかし

少年が途方に暮れていると、けたたましい赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。
泣き声が弟のものであるはずがなく…

誰かいるのかもしれないと思い、勢いよく少年は声の方へと向かっていきました。

草を踏み分け、泣き声に近付いて行くと岩が窪んで洞になっている所を見つけました。
奥はさほど深くなさそうですが、雨風はしのげそうです。
その入口で、勢いよく泣いている赤ちゃんと、困った顔で赤ちゃんをあやす女の人が見えました。
少年が声をかけようと一歩踏み出すと、彼に気付いた女の人が短い悲鳴を上げました。

少年は、女の人に怯えられてしまい、困り果ててしまいました。

女の人が抱いている赤ちゃんが、肩越しから力いっぱい手を伸ばします。
それに気付いた女の人は、少年が腕に抱えているものに気が付きました。

「…赤子ですか」

女の人は、少年より少しばかり年が上の、まだ少女と呼べるような人でした。
着ている物は泥が付いたり、あちこち綻んだりしていましたが、元は上等な物のように見えました。
もしかしたら、違う部族の、自分と似たような身分の人かもしれません。
だから、怯えられてしまったのかと、少年は納得しました。
戦には出ていませんが、甲冑と剣を身に着けていましたから。

少年は、敵意はない事を伝えられるよう、精一杯答えました。

「弟です!」

少しすっとんきょうな答え方だったような気がしました。
夜空の様に真っ黒な目をまあるくしてこちらを見ています。
ですがなんとなく、誤解されてはいけないように思ったのでした。

「お腹を空かせているようですね」

女の人が、少年の弟へ手を差し伸べました。
泣き声を発していないのに、どうしてわかったのだろうと不思議でしたが、「お母さん」とはそういうものなのだろうと思いました。

少年は腕の中の弟を、女の人へ預けました。