むかしむかしのそのまたむかし

女の人は洞の中へ入り、少年に背を向けるようにして弟へお乳を与え始めました。

その間、少年は女の人の赤ちゃんをあやします。
こちらの赤ちゃんはとても元気で、少年の髪の毛を力いっぱい引っ張ります。
少年は痛さのあまり、涙目になってしまいました。

「原見の族(うから)の方ですか?」

女の人がお乳を与えながら、外にいる少年へ声を掛けてきました。
声を掛けてくれるとは思わなかったので、驚いて少し体が浮いてしまいました。

原見(ハラミ)とは、「不死の山」と呼ばれる山がある辺りを占有する部族のことで、そのままその土地一帯も原見と呼ばれるようになった場所です。
そして、少年がいた部族の名でもありました。

部族によって、着る物や持ち物にも個性が出るので、少年の甲冑を見て判断したのでしょう。
少年は素直に肯定しました。
続けて、弟のこと、戦が嫌になったこと、屋形を抜け出したことをぽつりぽつりと話し出しました。

女の人は黙っていましたが、聞いてくれていることはわかりました。

最後に、自分の事しか考えられなかった所為で、大切な弟を殺しかけてしまったことを話し出すと、少年の目からぽたりと涙がこぼれました。
少年が抱いている赤ちゃんが、不思議そうに顔を覗き込みます。

お乳を与え終わった女の人が洞から出てきました。腕には少年の弟を抱いています。
女の人は少年の肩にそっと触れました。

「私と一緒に行きませんか」
「…何処へ?」

少年は照れくさそうに鼻をすすりながら返しました。

「何処と聞かれると困ってしまいますが…戦禍が及ばない、安心してこの子達を育てられる所へ」

戦乱が続くこの世の中で、戦禍が及ばないような所などあるのだろうか。
原見を捨てた自分に、安全に弟を育てられる所があるのだろうか。

様々な考えが頭の中をよぎりましたが、気付いたときには女の人の手をとっていました。