むかしむかしのそのまたむかし
6
加夜古は他の事は不器用ですが、薬草の知識に秀でていました。
日生が怪我をしても、加夜古のお蔭ですぐに治りました。
川辺で休憩をしていると、傷付いた兵士が現れました。
原見の族の甲冑ではありませんが、危険なことには変わりません。
日生が加夜古達を背に隠して身構えます。
兵士は虚ろな目をしたまま、その場に倒れてしまいました。
日生がおそるそる兵士に近付きます。
兵士は眉間に皺を寄せて、短く呼吸を繰り返していました。
とても動けるようには見えなかったので、日生はそっと兵士の兜を外しました。
兜の下からは、泥や血が付いて汚れてしまった顔が現れました。
成人を迎えたばかりの年頃でしょうか。少し日に焼けていて、活発そうな印象を持ちました。
ただ、傷が痛むのでしょう、顔はずっと苦しそうに歪められたままでした。
加夜古が日生の所に近付いてきました。
砂利を踏む足音に気付いた日生は、彼女の方へ振り返りました。
「この人、死ぬのかな」
「まだですね。危ない所ではありますが」
加夜古は静かに答えました。
「…逝きそこねた」
ふいに、兵士が口を開きました。
「そんなに死にたいのでしたら、お望み通りに…」
加夜古が自分の懐剣を抜いて、兵士の喉元へ振り下ろしました。
兵士と日生が、目を見開いてただそれを見ていました。
驚きすぎて声も出ません。
二人の様子に、加夜古が声を立てて笑いました。
「本当にする訳がないでしょう?命数を迎えていない人間を送ることは掟で禁じられています」
「…“送る”?」
「ええ。夜見ノ国へ」
まだ世の中のことをよく知らない日生でも、なんのことかすぐにわかりました。
ヨミノクニ。
それは、死んだ人達が向かう、死者の国のことでした。