むかしむかしのそのまたむかし

加夜古は他の事は不器用ですが、薬草の知識に秀でていました。
日生が怪我をしても、加夜古のお蔭ですぐに治りました。


川辺で休憩をしていると、傷付いた兵士が現れました。
原見の族の甲冑ではありませんが、危険なことには変わりません。
日生が加夜古達を背に隠して身構えます。

兵士は虚ろな目をしたまま、その場に倒れてしまいました。

日生がおそるそる兵士に近付きます。
兵士は眉間に皺を寄せて、短く呼吸を繰り返していました。
とても動けるようには見えなかったので、日生はそっと兵士の兜を外しました。
兜の下からは、泥や血が付いて汚れてしまった顔が現れました。
成人を迎えたばかりの年頃でしょうか。少し日に焼けていて、活発そうな印象を持ちました。
ただ、傷が痛むのでしょう、顔はずっと苦しそうに歪められたままでした。

加夜古が日生の所に近付いてきました。
砂利を踏む足音に気付いた日生は、彼女の方へ振り返りました。

「この人、死ぬのかな」
「まだですね。危ない所ではありますが」

加夜古は静かに答えました。

「…逝きそこねた」

ふいに、兵士が口を開きました。

「そんなに死にたいのでしたら、お望み通りに…」

加夜古が自分の懐剣を抜いて、兵士の喉元へ振り下ろしました。
兵士と日生が、目を見開いてただそれを見ていました。
驚きすぎて声も出ません。
二人の様子に、加夜古が声を立てて笑いました。

「本当にする訳がないでしょう?命数を迎えていない人間を送ることは掟で禁じられています」
「…“送る”?」
「ええ。夜見ノ国へ」

まだ世の中のことをよく知らない日生でも、なんのことかすぐにわかりました。

ヨミノクニ。

それは、死んだ人達が向かう、死者の国のことでした。