むかしむかしのそのまたむかし

兵士は豊成(トヨナリ)という名前でした。

紀志伊(キシイ)とアワの中程にあった土地の生まれでした。
「あった」というのは、戦に破れ部族の人達が色んな国へばらばらに連れて行かれてしまったからで、今では忘れられた土地となっていました。

日生が住んでいた原見よりもずっと西のことなので、どんな所だろうと思いを馳せました。


豊成の傷が癒えた頃、日生達はすぐに別の所へ行こうとしました。
名前を訊くつもりはありませんでした。
自分達の名前を教えるつもりもありませんでした。
ですが、お腹が空きそうな時間になればこっそり獲物を狩ってきてくれましたし、先回りして歩き易いように枝や草を払ってくれました。
あるとき、日生達が川を渡れるように、と石を積んでいる豊成を目撃してしまい、ついに根負けして行動を共にすることにしたのでした。


行き先は決まっていないことを話すと、豊成は自分の生まれた土地に行かないかと提案しました。

豊成は連れて行かれた先で戦に出されました。
彼らのような者達は、戦では最前線に立たされました。
相手側の兵士が大勢倒れました。
豊成がいた部族の兵士も大勢倒れました。
軍の頭である者は、傷付いた兵士達を捨てて先へと軍を進めて行きました。
中には、豊成のように息のある者もいたというのに。
しかし、このまま血の匂いや、肉が腐っていく匂いの中で息絶えるのは嫌でした。

少しでも生まれた土地の近くで。
先に逝ってしまった族の元へ。
そうやって、歩みを進めている途中で日生達と出逢ったのでした。

日生と加夜古は命の恩人であるのですから、豊成が精一杯礼を尽くしたいという気持ちはわかります。
ですが、できればこれ以上は人数を増やしたくはありませんでした。
人数が増えれば、それだけまわりの部族達に見つかってしまう恐れがあるからです。

しかし、豊成が晴海や美苑のように無邪気な笑顔を見せると、強く言えなくなってしまうのでした。
これで日生と加夜古よりも年が上というのですから、更に手が負えません。

なんだかよくわからない顔ぶれで、西に向かって歩き続けるのでした。